
英国のロイヤルファミリーの歴史に登場する、「9日間の女王」と言われた女性を知っていますか?
名前は、レディー・ジューン・グレイ。
大人の事情に振り回された彼女のあまりにも悲しい最後に、悲劇のヒロインとして有名です。
ここではカントリーハウス、サイオン・ハウスから見たジェーンの悲劇をご紹介します。
ノーサンバーランド公爵の邸宅、サイオン・ハウス
サイオン・ハウス(Syon House)はロンドン近郊にある、ノーサンバーランド公爵の邸宅です。
上の写真は、邸宅の正面から見た写真。
お屋敷のある一帯は、サイオン・パーク(Syon Park)として一般にも公開されていて、お屋敷はもちろん庭園も見学できます。
そして、このお屋敷はレディ・ジェーン・グレイの最後の数日間と深い関わりがあるのです。
サイオン・ハウスに呼び出されるレディ・ジェーン・グレイ
ジェーンを描いた絵でとても有名なのはこちらではないでしょうか。

「レディ・ジェーン・グレイの処刑」
ポール・ドラロッシュ
Paul Delaroche
1833年
この絵はジェーンの悲劇の最期を伝えているとても有名な絵。
実は私は恐ろしくて直視することができません。
でも一つの絵画として、彼女のあまりにも悲しい人生の最後を、見た人の記憶にずっと残るようにさせるこの絵のパワーは本当にすごいなぁと思っています。
ジェーンは、1553年にエドワード6世の崩御と、彼女が女王になることを告げられます。
死に近づく運命の分かれ道の出来事。
その場所がこのサイオン・ハウスでした。
当時のサイオン・ハウスは、ジェーンの義理の父であるノーサンバーランド公爵ジョン・ダドリーの邸宅でした。
彼に呼び出され、半ば強要の即位の話だったのです。
ジェーンはなぜ即位させられたのか?
ジェーンはなぜ即位させられたのでしょうか?
少し時を戻すと、強大な王ヘンリー8世には、エドワード、メアリー、エリザベスという3人の子供がいました。
ローマ・カトリックから断絶して、イギリス国教会を設立したヘンリー8世亡き後、イングランドではカトリックとプロテスタントの対立が激化します。
そんな中王位についたのは、息子のエドワード6世。
彼は9才で即位します。
病弱だったエドワード6世を裏で操っていたのは、権力を持つジョン・ダドリー。
2人はカトリックの国に戻ることを避けるということで利害が一致します。
それは、次の王位につく予定のメアリーはカトリック教徒だったからです。
そこでダドリーは、次の王位はジェーン・グレイを指名することをエドワードに約束させるのです。
そして、メアリーとエリザベスは「庶子」だから王位にはつけないよとするというのです。
ちょっとややこしいですが、エドワード、メアリー、エリザベスはみんな母親が違うヘンリー8世の子供。
エドワードが王位についているからこそ、メアリーとエリザベスの母は本妻じゃない。
よって2人は本妻の子じゃないとというわけです。
では、ジェーン・グレイはどうだったのでしょうか?
彼女は、ヘンリー8世の妹メアリーの孫娘という正式な血筋。
ジョン・ダドリーは早くからそんなことを見通して、自分の息子とジェーンを結婚させていました。
抜け目がないですよね・・・
そうして即位を告げられたジェーンは、翌日サイオン・ハウスから戴冠式の準備のためロンドン塔へ向かうことになります。
しかしメアリー(ヘンリー8世の子供の)はダドリー軍を破り、メアリー1世として即位します。
その後仮の女王であったのジェーンをロンドン塔へ幽閉されます。
翌年、ジェーンは夫であるギルフォード・ダドリーとともに、16歳という若さで処刑されてしまうのです。
サイオン・ハウスでは、ジェーンの貴重な肖像画も見ることができます。
▼サイオン・パーク公式HP
https://www.syonpark.co.uk/