今日の旅の舞台は、16世紀のフランドル地方、ブラバントの農村。
見渡す限りの雪景色。丘の上から、村の暮らしが広がる光景を目にすることができます。
厚い雲が空を覆い、冷たい風が吹き抜ける。冬の厳しさが身に染みるこの土地で、人々は今日も働き、遊び、日々を生きているのです。
この旅の案内人は、一人の狩人。背中に小さな獲物を背負い、犬を連れて村へと戻る彼の視点から、この冬の村の風景を覗いてみましょう。
絵のなかを旅する案内人は、村へ戻る一人の狩人。

「さあ、私と一緒に歩いてみませんか?」
ここは、ブラバントの小さな村。丘の上の道から見下ろせば、雪に覆われた屋根が連なり、遠くには切り立った山々がそびえています。空を見上げると、分厚い雲が広がり、どこまでも暗く重たい。
私たち狩人は、今朝早くから森へと入り、獲物を追っていました。ですがご覧の通り収穫はわずか。背中に背負った兎が今日のすべてです・・・
狩りを終えた私たちは、こうして村へと戻るのですが、足元の雪は重く、歩くたびに靴がぎゅっ、ぎゅっと音を立て深く沈みます。犬たちも疲れた様子ですが、それでも私の足元を離れずついてきています。
耳を澄ませば、遠くから楽しげな声が聞こえてきますね。
見てください。池の氷の上では、村の人々が思い思いに冬の遊びを楽しんでいます。スケートをする者、棒を持って氷上の競技をする者、転んで笑い合う者……。ほら、あの若者はそっと女性の手を引いていますね。何かささやいているのでしょうか。
こんなに寒いのに、みんな本当に楽しそうだ。私たの疲れた足取りとは、まるで対照的な光景ですね。
少し歩くと、道の端に古びた建物が見えてきた。取れかかった木の看板が掛かっていますね。あれは、おそらく飲食店でしょう。その前で、何人かの男たちが火を囲んで作業をしています。これは「豚の毛焼き」といって、冬の間の大切な仕事なんです。この村では、12月になると解体した豚の毛を焼き、塩漬けやソーセージにして保存します。これは一年を通して食べるための大切な食料です。
ほら、そばで小さな子どもがじっと見つめていますね。きっと、父親や兄の働く姿を覚えているのでしょう。彼もいずれは、この仕事を引き継ぐことになるのです。
私は深く息を吸い、村の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。雪の冷たい香り、煙の匂い、獣の皮のにおい——冬の村の匂いが、身体の奥まで染み渡る。
さて、私もそろそろ帰らねばなりません。家では、暖炉が燃え、家族が待っています。
でも、この村の景色をもう一度よく見ておいてください。450年前の冬、ここにはこうして生きる人々がいて、それぞれの一日を過ごしていました。
今、この絵を見ているあなたも、冬の冷たい空気を感じてくれていますか?
ピーテル・ブリューゲル:農民の生活を描いた画家
ピーテル・ブリューゲル1世(1525年頃〜1569年)は、16世紀フランドルを代表する画家のひとりです。
彼が描いたのは、王侯貴族の華やかな世界ではなく、農民の労働、祭り、遊び、自然の厳しさや豊かさ——。彼の絵には、16世紀の村で生きる人々の営みが細やかに刻まれています。
当時のヨーロッパでは、宗教画や神話画が主流でしたが、ブリューゲルはあえて「日常の風景」を描きました。それは自然と人間の関係、季節の流れ、時の移ろいを描いたものでもあります。
この『雪中の狩人』は、ブリューゲルの友人でアントワープの金融業者ニクラース・ヨンゲリンクの依頼による「季節画」の連作の一部です。ヨンゲリンクは一年の四季を描いた6枚の作品を注文し、ブリューゲルはそのうちの冬の情景をこの絵に収めましたのです。
季節画は、今でいうカレンダーのようなもの。もともとは、中世の時祷書(じとうしょ)に描かれた暦の挿絵がルーツです。時祷書とは、キリスト教の祈りや聖歌が書かれた本で、各月の暦とともに農作業や季節の風景が豪華な挿絵として描かれていました。(その代表作が、1416年のランブール兄弟による『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』)
絵が描かれた1565年、北ヨーロッパは記録的な寒波に見舞われ、凍てつく寒さに覆われていました。空のどんよりとした色、雪に埋もれた村の景色——そのすべてが、冬の厳しさを物語っています。
ですが、そのなかにあるのは「寒さのなかでも続く、村の暮らし」。ブリューゲルの絵は、ただの風景ではなく、そこに生きる人々の物語を描いているのです。
イタリア旅行がもたらした風景の視点
この絵を見て、少し違和感を覚えませんか?それは、この村の向こうにそびえる切り立った山々。
ブリューゲルが生まれ育ったフランドル地方は、比較的平坦な土地です。ですがこの絵には壮大な山々が登場します。
その理由は、彼が若い頃に経験したイタリア旅行にあります。
1551年、ブリューゲルは画家としての研鑽を積むためにイタリアへと旅立ちました。画家にとって、イタリアは憧れの地。ルネサンスの芸術を学びながら、旅の途中でアルプスの壮大な風景に出会いました。
この経験は、彼の風景表現に大きな影響を与えます。『雪中の狩人』に描かれた山々も、旅で見たアルプスの風景を元にしていると考えられています。
もし、この絵の遠景に山がなかったらどうでしょう?村の広がりや、冬の冷たさの印象は大きく変わるはずです。切り立った山があることで、村が孤立し、より厳しい冬の情景が際立っているように感じるのです。
絵の細部をじっくり見てみよう!
この絵は丘よりさらに上の視点から、雪に覆われた農村を見下ろすように描いていて、現在のベルギー、オランダのブラバントの農村で暮らす人々の日々の暮らしが、丁寧に描きこまれています。
ブリューゲルの作品はどれも細部まで描きこまれていて、見るのが本当に楽しい絵です。
ここでちょっと細部を見てみましょう!

絵が描かれたのは1565年。この年は大寒波のせいで、北ヨーロッパは猛烈な寒さに襲われたといわれています。雪に埋もれているし、全体に暗い色使いも寒さを余計に感じさせます。どんよりとした空の色と同じような氷の張った水面の色も、厚く氷が張っているのだろうなぁとブルッと寒さを想像してしまう・・・
でも寒さを忘れ氷の上では、たくさんの人が本当に楽しそうに遊んでいる様子が描かれてます。こんなに小さいところだけど、一人ひとりみんな違う。
スケート、カーリング、コマ回し、ホッケーなんかが見えますね。

取れかかった看板がかかる建物の前で、12月の風物詩の豚の毛焼きがおこなわれてます。村にとって貴重な冬の食料を確保する大事な仕事。
火の勢いが強く、寒い中での作業の大変さが伝わってきますね。

丘を下りて村へと向かう狩人たち。背中には小さな獲物がひとつ。どことなく肩を落としてしょんぼり帰っているように見える。犬たちも疲れた様子で、ゆっくりと雪道を進んでいます。
足元には、雪に深く刻まれた足跡が。これがあることで、雪の深さや寒さが、よりリアルに感じられます。

空を舞う黒い鳥たちの存在も、見逃せません。
狩人たちの頭上を飛ぶ鳥たちが、村の広がりを暗示して、視線を遠くへ遠くへと誘います。村の外には、まだ見えない世界が続いている——そんな感覚を与えてくれるようです。
それに、黒い鳥のシルエットが空に浮かぶことで、寒々しい雰囲気がより強調されているように感じられませんか?
タイトル:雪中の狩人 (The Hunters in the snow)
画家:ピーテル・ブリューゲル1世 (Pieter Brueghel the Elder)
制作年:1565年
所蔵美術館:ウィーン美術史美術館所蔵