西洋美術史学び方

ファン・エイクの「アルノルフィーニの肖像」であなたの知らない7つのこと

何時間でも見ていられる・・・
魔法のように現実の世界が一枚の板の上に作りだされた「アルノルフィーニの肖像」。
今から約600年ほどまえに、ヤン・ファン・エイクが描いた絵をとにかく見てほしい!!

ヤン・ファン・エイク
「アルノルフィーニの肖像」
1434年
油彩・楢の木のパネル
82.2x60cm
ロンドンナショナルギャラリー

この絵には多くの謎や興味を惹かれる事実があって、さまざまな専門家が今もその謎の解明に取り組んでいます。


今回は特にこの7つのポイントからこの絵の魅力・凄さに迫ります。

ポイント

「アルノルフィーニの肖像」のモデルは誰?
2人は結婚の誓いをしているの?
女性は妊娠しているの?
絵の中の季節は冬?それとも春?
画家はこの絵で何を示したかったの?
油絵具を発明したのはファン・エイク?
絵の所有者はスコットランドの軍人?

これを読めば、自分の目で確かめたくなること間違いなしです。

「アルノルフィーニの肖像」のモデルは誰?

「え?アルノルフィーニという人がモデルではないの??」
と思われたかもしれませんね。

誰がこの絵のモデルなのか?についても長い間いろいろな説が出ています。

絵を所蔵しているロンドン、ナショナルギャラリーは、タイトルを
「ジョヴァンニ (?)・アルノルフィーニと妻の肖像」としています。
?をつけているんですね。

なんでこんなに色々な説があるのでしょうか?

”アルノルフィーニ”の名前はどこから出てきたの?

アルノルフィーニ家の名前が出てきたのは、過去の絵の所有者のアートコレクション目録から。

その所有者は、神聖ローマ皇帝カール5世の叔母でもあるマルグリット・ドートリッシュ。彼女の手に絵が渡ったのが1516年のこと。
彼女のアートコレクション目録には記録が残っていて、そこに「アルノルフィーニ」という名前が登場するのです。

アルノルフィーニ家は、イタリアのルッカの高級織物商人。
一族の数名が、ヤン・ファン・エイクが絵を描いていたフランドル地方のブルージュに住んでいました。

2人のジョヴァンニ

ブルージュにはアルノルフィーニ家の2人のジョヴァンニがいました。

ジョバンニ・ディ・アルリゴ・アルノルフィーニ
ジョヴァンニ・ディ・ニコラオ・アルノルフィーニ

ややこしいですね・・・

当初絵のモデルは、ジョバンニ・ディ・アルリゴ・アルノルフィーニと妻のジャンヌ・ド・セナメの肖像画だと考えられていました。
しかし二人が結婚したのは、肖像画が完成してから13年後のことだと判明し、新たな見方が出てきます。

それはもう1人、ジョヴァンニ・ディ・ニコラオ・アルノルフィーニと妻のコンスタンザ・トレンタを描いているというもの。
でもここもまた問題が・・・
コンスタンザは絵が描かれる前の年に亡くなっているというものです。

ジョヴァンニが、亡くなった妻コンスタンザへの愛を追悼する肖像画であるという意見、また彼の2番目の妻のジョヴァンナ・チェナミなのではという説もあります。

ジョヴァンニ・ディ・ニコラオ・アルノルフィーニは、1400年ごろルッカに生まれ、亡くなったのは1472年・
彼がモデルだという説だと、絵が描かれた頃は30代ごろだと思われます。

しかし、この特定は一般的に考えられているほど確かなものではなく、何度も疑問視されているようですね。

同じモデルと思われる男性を描いた肖像画

「アルノルフィーニの肖像」の男性と同じモデルだろうと考えられている肖像画があります。

こちらの絵はドイツのベルリンにある絵画館所蔵の肖像画。
「男性の肖像 (アルノルフィーニ家?)」

https://recherche.smb.museum/detail/863807/bildnis-eines-mannes-aus-der-familie-arnolfini?language=de&question=jan+van+eyck&limit=15&controls=none&collectionKey=GG&objIdx=0

どうですか?
顔の向きは違いますが、細い目に尖った鼻が似ていますね。
こちらも毛皮の縁取りのついた高価そうな服を着ている。

Yoko

冷たい表情が私は少し苦手です・・・笑

このようにモデルははっきりしていないというのが現在のところ。
今後新しい発見があるたびに見解が変わっていくのだと思うとそれも楽しみですね。

2人は結婚の誓いをしているの?

この絵は長い間、リッチなカップルの結婚の儀式を描いていると思われていました。
男性が右手を挙げて儀式の最中「誓います」と言っているところだという説です。
当時はこのように自宅で行うことが許されていました。

2人が手を取り合っている上にある凸面鏡。
鏡には、様子を見守る2人の人物の姿も映り込んでいます。

そして鏡の上には、「Johannes de eyck fuit hic.1434」とラテン語で書かれています。
意味は「ヤン・ファン・エイクここにありき 1434年」

画家がこの場所にこの瞬間に立ち会ったよ!との照明だとすると、儀式であると読み取れるわけです。
ということは、鏡に映り込んでいる1人はファン・エイク本人だと言えますね。

他には、結婚したばかりの2人を描いていて、男性が女性を家に迎え入れているという意見もあります。

絵の中では、結婚の儀式だよということを暗示しているものが描かれていると考えられています。
一つ一つ見ていきましょう。

ろうそくが1本たつシャンデリア

ブロンズ(青銅)でできた豪華なシャンデリアには、1本のろうそくが立っています。
こちらは明かりではなく象徴として描かれていて、その意味は「ただ一人への愛」や「忠誠」「神聖な光」だと言われています。

ペットの犬

2人の前にいる犬。
犬は絵画にもよく登場する動物ですが、「貞節」や「忠誠心」を表しています。
夫婦の関係を象徴する意味で描かれているというわけです。

脱ぎ捨てられたサンダル

左手前の木靴や、奥にある赤いミュールは、無造作に脱ぎ捨てられています。
準備したであろうきちんとした身なりの2人がポーズをとっているのに、脱ぎ散らかした感じが不自然ですよね。
キリスト教では、「足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから」という教えがあるように、この部屋を神聖な場所として描いていると考えられています。

女性は妊娠しているの?

左手で自分のお腹あたりを押さえている女性。
こうやって膨らんだお腹に私たちの視線を向けさせています。

妊娠をほのめかしている
できちゃった婚である
などこちらも色々な説があります。

この時代、地位の高い女性が妊娠をしていることを仄めかす仕草や振る舞いが流行だったそうです。
服の下にクッションを入れていた女性もいたとか。

この絵の妊娠説が広まったのは、1841年の評論家の「半年前に主君を愛した女性のように片手をお腹に当てている」という指摘がきっかけでは?と言っているのが、
ファッション史家でもあるアンバー・ブッチャートさんです。
できちゃった婚の女性というイメージを広めてしまったというわけですね。

私は、アンバーさんのさらなる研究結果が面白く、今はこちらを信じたいなぁと思っています。

彼女は、2018年BBCの番組のために、豪華なグリーンのガウンを制作しました。
中世の染色技術を使って緑色を作り出し、実際に着用し動いたりしてみたようです。

ファッションの再構築:ファン・エイクのアルノルフィーニ肖像画に描かれたドレスより

再現されたアルノルフィーニのガウンを着ることで、緑色の服を着た女性は実際には妊娠していないのだという思いが強まった。
膨らんだ布の重みで自由に歩くことができないため、絵の中で彼女がしているように、布を高くあげることでバランスをとり、ファン・エイクの肖像画でお馴染みの姿勢を作り出しているのです。

ファッションの再構築:ファン・エイクのアルノルフィーニ肖像画に描かれたドレスより (訳はyoko)

Yoko

確かに前の部分がタクシあげらえて、中の青いドレスが見えています。
落ちないようにお腹を突き出すから、膨らんで見えるのも当然かも・・・


絵の中の季節は冬?それとも春?

2人が着ている服を見ると、完全に冬の格好ですよね。

男性は帽子をかぶって、テンの毛皮で縁取りされているベルベットのケープを羽織っています。

そして女性ははアーミンの毛皮で縁取られたベルベットの緑のコート。中には鮮やかなブルーのドレスも見えています。

でも窓の外をちょっと見てみましょう。
わずかな隙間からさくらんぼがなっているの見えるんです。
こちらは桜科の植物のセイヨウミザクラ。

ということは、季節夏なのでしょうか。

2人の服装は、アルノルフィーニ家の富と社会的地位を示しています。
また豪華な生地をふんだんに描くことで、生地のビジネスで成功しているということを表しているとも言えます。

肖像画のためにとびっきりの衣装を用意して、ポーズを取ることに決めた考えるとチグハグな季節感も納得できるかも。

画家はこの絵で何を示したかったの?

これまで見てきたようにこの絵には謎がたくさんありますよね。

そこがこの絵が価値を持っている大きな理由の一つだとも言えます。

ここからはもう少し描かれているものに接近して、画家はこの絵で何を示したかったのか考えてみましょう。

凸版鏡はどんな意味があるの?

当時ガラスの平面鏡はまだなく、凸面鏡が画家の作品に登場することがありました。

ファンエイクはこんな小さな凸面鏡には、4人の人物、部屋の中、シャンデリアも描かれています。
そして、凸面鏡という特徴を使って私たちが見えているものよりももっと多くのものも映し出しているのが面白い。
絵ではちょっとしか見えない窓も、鏡の中の窓は大きくて、明るい光がたくさん入っているのが見えますね。
そして、本来ならば画面のこちら側も映し出している。
描いている画家は本来ならば写らないはずなのに、描きこむなんて。

でも男女の足元にご注目。犬は描かれていないようですね・・・なぜ?

鏡の周りのエナメルのメダル

凸面鏡は、10個のメダルで周囲を飾られています。
小さなエナメルのメダルの中には、さらに小さくキリスト受難のシーンが描かれています。
上から時計回りに、磔刑、十字架降下、埋葬、冥府に降りるキリスト、復活、ゲッセマネの祈り、捕獲、ピラトの前のキリスト、鞭打ち、十字架の道行き。
横にある水晶のロザリオと共に、贅沢品ではなく祈りを意味しているのでしょうか。

このようにとにかく細部にまでも手を抜かず、丁寧に丁寧に描きこんでいます。
肖像画のために必要なものを描きこむだけではなく、自分の画家としての才能を示している感じるのです。

高価なもののオンパレード

中世のブルージュは、北欧や地中海の交易路と戦略的に結びついた商業の中心地であり、資本主義の発祥地と呼ばれる地域でした。

描かれているものは、アルノルフィーニ家の富を表すだけでなく、象徴的な意味でも語られます。

男女の衣装や宝石類
オレンジ
瓶底のガラス窓
水晶のロザリオ
トルコ風絨毯

豪華で大きなベット

絵の右側には、赤い布と4つの柱がある大きなベットがあります。
ここは寝室なのでしょうか?
当時は、立派なベットが飾りもののように置かれた部屋が、格式の高い家にはあったと言われています。
客間のように使われていたのでしょうか。

聖マルガリタの彫り物

ベットの飾りには、アンティキアの聖マルガリタ(マルガレーテ)の祈る姿と聖女が倒した龍の彫り物が見えます。

聖マルガリタは、妊婦・出産の守護聖人とされています。

その元になった伝説とは、キリスト教への信仰を捨てることを拒んだため、ドラゴンに飲み込まれる拷問を受けました。
持っていた十字架の力を借りて、ドラゴンから無事に出てくることができたのです。

ちなみに、ファン・エイクの妻の名前もマルガリタ。
さらに、この絵の所有者でもあった、マルグリット・ドートリッシュも同じ名前です。

油絵具を発明したのはファン・エイク?

ファン・エイクは、油絵具を発明したと長い間考えられていました。

しかし、2008年に発見された油絵で、少なくとも紀元7世紀、アフガニスタンのバーミヤンにある古代の洞窟群で、クルミやポピーから抽出されたと思われる油を使っていたことにがわかりました。

ではファン・エイクの凄さとは何なのか?
それは、パネル(板)に塗るための油絵具の技術を高めたこと。
つまり顔料の調合や、塗り重ね方です。

今私たちが使っているチューブの絵具が出来たのは19世紀に入ってからのこと。

それまで画家たちは自分で絵の具を作っていました。

植物のアカネからは「茜色」が。
コチニールカイガラムシやホラ貝は「赤色」
ラピスラズリは「群青色」

色のついた植物・動物・鉱物や土などを石臼で砕いて粉にして、液体を加えて絵の具にしていました。

油絵具が主流になる以前は、液体に卵を使う”テンペラ”と呼ばれるものが使われていました。

テンペラは、乾きが早く、塗り重ねられないというデメリットがあったのですが、
油に変えたことで、新たなことができるようになったのです。

塗り重ねて色から色へ溶け込むようなグラデーションが作れる。
表面に艶を出すことができるようになる。
時間をかけて絵を描けるようになる。
細い筆でキラキラした輝きを出せる。

ファン・エイクは油絵具の可能性を最大限に発揮して、「アルノルフィーニの肖像」のような絵をつくり出した。
当時の人々はそれは驚かせたはずです。

だって油絵を見慣れている現代の私たちでもこんなに釘付けにさせるのだから・・・

絵の所有者はスコットランドの軍人?

今この絵を所蔵しているのは、ロンドンにあるナショナルギャラリーです。

1842年に美術館に売却したのは、スコットランドの軍人、ジェームス・ヘイという人物。

ブリュージュで描かれた絵が、どうやってロンドンの美術館へ移ってきたのでしょうか?

この絵をさらに魅力的にしている、絵の持ち主の移り変わりを最後にご紹介します。

この移り変わりも、見るものによって書いてある情報が少しづつ違っていました。

1516年、スペインの貴族、ディエゴ・デ・ゲバラが、オランダの摂政であったマルグリット・ドートリッシュ(マーガレット・ド・オーストリア)に絵を贈ります。

先にも書きましたが、マルグリットは、神聖ローマ皇帝マクシミリアンの妹で、その後を継いだカール5世の叔母に当たる人物。

こちらの肖像画がマルグリットです。

マルグリットの死後、カール5世の姪へ絵が渡り、さらにその後はスペイン王室のコレクションになりました。

スペインの王室コレクションから、ナポレオンによるスペイン占領で、フランス士官が絵をベルギーへ持ち込む。

さらに、半島戦争でスコットランドの軍人、ジェームス・ヘイがブリュッセルで入手して、絵はイギリスへと渡ります。

1842年にロンドンのナショナル・ギャラリーへ730ポンドという価格で売却。

現在はナショナル・ギャラリーの主要なコレクションの一つとして展示されています。

ここまでは、ステファノ・ズッフィ著の「ファン・エイク アルノルフィーニの肖像」に書かれていたものです。

でも、ナショナルギャラリーのサイトを見ると、スペインでジェームス・ヘイが入手し、美術館へ・・・となっていますね。

戦争にも巻き込まれた絵ですが、やはりこれは価値があるから失ってはならない!!という思いがあって残されてきたと考えます。

その思いは、美術に関しての純粋な思いだけではないかもしれませんが、残ってよかったなぁというのが私の感想。

ナショナル・ギャラリーから出て、他の美術館での展示とは考えにくい絵なので、この絵を見るためにはロンドンまで行かないといけなそうですね。

(参考文献)

https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/jan-van-eyck-the-arnolfini-portrait

https://www.britannica.com/art/oil-painting

https://artuk.org/discover/stories/fashion-reconstructed-the-dress-in-van-eycks-arnolfini-portrait

https://books.openedition.org/pcjb/2197

「ファン・エイク アルノルフィーニの肖像」ステファノ・ズッフィ
「ファン・エイク 西洋絵画の巨匠」小学館ウィークリーブック
「パパママおしえて アートミステリー13話」アンジェラ・ヴェンツェル著
「美術の物語」E.H.ゴンブリッチ


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