西洋美術史

人生の糸を紡ぐ運命の女神「ウォルドグレイブ家の貴婦人たち」ジョシュア・レノルズ

ジョシュア・レノルズの描いた美しい3人姉妹の肖像画「ウォルドグレイブ家の貴婦人たち」。
白い服を着た3人の女性が小さなテーブルを挟んで、針仕事をしているところが描かれています。

髪粉をたっぷり使い優雅に髪を結い上げて、真っ白な肌に濃いチーク。
家庭的な針仕事を熱心にしている姿でも描かれている。

この絵は見たとおり、貴族の女性の優雅な日常の肖像画なのでしょうか?

住む世界が違って感情移入ができない?

絵を別の角度から見ていくと、男性優位の社会のなかで、運命を切り開いた強い女性の姿も見えてきます。

あなたはそこからどんなことを感じますか?

描かれているのはウォルドグレイヴ家の三姉妹

Joshua Reynolds: The Ladies Waldegrave public domain via Wikipedia Commons

「ウォルドグレイブ家の貴婦人たち」
ジョシュア・レノルズ
1780年
143.00 x 168.30 cm 油彩・キャンバス
スコットランド国立美術館所蔵

描かれているのは、英国貴族の第2代ウォルドグレイヴ伯爵の三姉妹です。

真ん中にいるのは描かれた当時20歳の長女のエリザベス・ローラ(Lady Elizabeth Laura Waldegrave )。
右は19歳の次女のシャーロット・マリア(Lady Charlotte Maria Waldegrave)。
左は18歳の三女のアンナ・ホラティア(Lady Anna Horatia Waldegrave)。

3人は、絹糸を巻き付けたり、タンブール枠に張られた絹のレースで作業しています。

3人の父であるジェイムズ・ウォルドグレイヴ伯爵は、1763年に天然痘で亡くなっています。その時長女エリザベス・ローラ4歳。
男子がいなかった伯爵位は、父の弟へと継承されました。
この絵が描かれたのはそれから17年後のことです。

結婚適齢期の姪っ子たちの良縁のため描かれた絵

絵を注文したのは、3姉妹の母方の大叔父にあたるホレス・ウォルポール。
初代イギリス首相のロバート・ウォーポルの三男。
政治家、美術史家、売れっ子の小説家でもあり、ゴシック様式の別荘、ストロベリー・ヒルを建てた人物でもあります。

ホレスは、ロイヤル・アカデミー(王立芸術院)の初代会長で、国王ジョージ3世から爵位を受けていた、サー・ジョシュア・レノルズに絵を依頼します。


その理由は、当時の女性にとってとても大切な有利な結婚のため。
英国で評価が高い”あのレノルズ”に肖像画を描いてもらい、その絵がロイヤル・アカデミー展で展示される。
そこには貴族など多くの人の目に触れる機会となるため、注目を集めるのは想像ができますよね。


1781年5月、3人の姪の絵がロイヤル・アカデミーに飾られると、ホレスはこのような言葉を残しています。

「a most beautiful composition; the pictures are very like, and the attitudes natural and easy」
最も美しい構図だ。絵もとても似ているし、彼女たちの姿もとても自然でリラックスしている。

https://www.strawberryhillhouse.org.uk/より

ホレスの作戦通りになったのか、3姉妹は結婚をしていきます。

長女、レディ・エリザベス・ローラは伯爵夫人

真ん中に座りこちらに顔を向けているのは、にいるのは描かれた当時(1780年)20歳の長女のエリザベス・ローラ(Lady Elizabeth Laura Waldegrave)。
エリザベスは父方の従兄弟で、第4代ヴォルドグレイブ伯爵と結婚し、伯爵夫人となります。
国王ジョージ3世の長女シャーロット王女の侍女にも任命されています。
1810年には大叔父ホレス・ウォポールの建てたゴシック様式の別荘ストロベリー・ヒルの所有権を持つことにもなります。

次女、レディ・シャーロット・マリアは公爵夫人

向かって左には、19歳の次女のシャーロット・マリア(Lady Charlotte Maria Waldegrave)。
シャーロット・マリアは、第4代グラフトン公爵ジョージ・フィッツロイと結婚し、公爵夫人へと。

三女、レディ・アンナ・ホラティアは現在のロイヤルファミリーの祖先

右にいるのは18歳の三女のアンナ・ホラティア(Lady Anna Horatia Waldegrave )。
彼女は、副提督のヒュー・シーモア卿と結婚し、6人の子供を産みました。
その子供の家系を追っていくと、ダイアナ元妃につながります。
アンナ・ホラティアは、現在のロイヤルファミリー第二世代、ウィリアム王子にもつながるというわけです。

3美神ではなく、運命の女神として描かれた3姉妹

Sandro Botticelli : Three Graces in Primavera Detail public domain via Wikimedia Commons

ホレス・ウォルポールは、画家レノルズに3姉妹を古典神話の三美神としての肖像画を描いてくれるように依頼しました。
三美神とは、古代神話に登場するカリス(優雅)三姉妹のこと。
全能の神ゼウスとエウリュノメ(太洋の娘)との間に生まれたとされています。

有望な結婚相手を望む姉妹にとって、三美神で描いてもらうというのはとてもわかりやすいですよね?

このボッティチェリの描く「春」にも登場しているように、絵画や彫刻となってよく描かれています。
そして外側の2人はこちらに顔を向け、中央の一人は背を向けるように配置されることが多いのです。

しかし、実際には、レノルズはこの依頼を無視して、人生の糸を紡ぐ運命の女神として描きました。
ギリシアやローマの神話の中で、人間の運命を決定すると信じられていた存在。
その人の人生に起こるできことだけではなく、寿命も誕生と同時に定められると考えられてました。
生命の糸を紡ぎ、割り当てられた長さを測って切り落とす。
クロトは紡ぎ棒(まれに紡ぎ車)を持ち、ラケシスは紡錘(ぼうすい 糸を紡ぐ道具)を持ち、アトロポスは鋏で糸を切り取る姿で表される。

ちょっと恐ろしいですね・・・

肖像画では、シャーロットが絹糸を持ち、エリザベスが糸を巻き、アンナが刺繍をしている姿が描かれてます。
これは、人生の道筋をつけるクロトー、その長さを計るラケシス、そして死によってそれを断ち切るアトロポスとして描かれているのではないか?と言われています。

運命の女神の力は強くて、そこには神の中の神ゼウスの力も及びません。

自分ではコントロールすることができない運命。
でもその運命が与えてくれるものをどのように生かすのか?
そこには選択の自由があります。

レノルズはウォルドグレイブ家の姉妹を、自分で切り開いていく人生を願って描いたのでしょうか?

それとも結婚市場に投げ出される彼女たちをを皮肉って描いたのでしょうか?

あなたはどう思いますか?

粉で真っ白!18世紀のヘアスタイル事情

3人の姿を見て、20歳前後の若さなのに、白髪なの?と思われませんでしたか?

これは頭に振りかけられた髪粉と呼ばれるものでグレーヘアになっています。

16世紀から18世紀、男女ともに肩が真っ白になるほどたくさんの髪粉をふりかけていたようです。

この粉は、小麦粉や澱粉を原料に、香りをつけたもの。

大量に使われていた粉の製造・販売は、一大ビジネスにもなっていました。

顔にはおしろいをたっぷりと、髪には粉をふりかける。

18世紀のヘアメイクです。


「ウォルドグレイブ家の貴婦人たち」のその後

「ウォルドグレイブ家の貴婦人たち」は、絵の依頼主であるホレス・ウォルポールの別荘、ストロベリー・ヒルの壁にかけられていたようです。
(ストロベリー・ヒルの紹介動画の中で、当時の建物内のインテリア画が登場していて確認することができます)

ウォルポールはアートコレクターとしてもとても有名で、多くの作品を所有していました。

しかしそのコレクションは、1842年に大きなセールで競売にかけられ、世界中に散らばってしまいます。

「ウォルドグレイブ家の貴婦人たち」は現在はスコットランド国立美術館所蔵となっていますが、その後どういった経緯で美術館に入ったのか詳しく知りたいなと思っています。

サー・ジョシュア・レノルズはどんな画家?

Joshua Reynolds : self-portrait public domain via wikimedia commons

肖像画を描いたサー・ジョシュア・レノルズ(1723 - 1792)は、18世紀のイギリスを代表する肖像画家です。

古代やイタリアのルネサンス美術、レンブラント、ルーベンス、ヴァン・ダイクの作品を研究し、イギリスの肖像画に大きな多様性と品格をもたらしたと言われています。

レイノルズは、オックスフォード大学バリオール・カレッジの校長の息子として、デヴォン州プリンプトンに生まれます。
これは当時の他の画家よりも高学歴であったようです。

その後1740年、ロンドンの肖像画家トーマス・ハドソンに弟子入り。

この時代多くの若い貴族や、芸術家、学者が、”グランドツアー”というイタリアへの教養を深める旅に出かけていましたが、レノルズも1749年から52年にかけて、イタリアを中心に過ごしました。

イギリスに帰国後すぐに一流の肖像画家としての地位を確立。

1768年にロイヤル・アカデミー(王立美術院)が設立されると、その初代会長に選ばれます。

レノルズのもとで、芸術は師匠の背中を見て学ぶということから、美術院で専門的に学ぶ科目へとなっていきます。

歴史画は画家の最も崇高な仕事であると信じていたレノルズですが、それを実践する機会はほとんどなく、彼の最高傑作は肖像画として今も私たちの目を楽しませてくれます。

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」展で来日!

2022年、「ウォルドグレイブ家の貴婦人たち」は、「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」展で来日します。


『スコットランド国立美術館 美の巨匠たち』

4月22日(金)~7月3日(日)
東京都美術館

7月16日(土)~ 9月25日(日)
神戸市立博物館

10月4日(火)~11月20日(日)
北九州市立美術館

展覧会で見られるのは、ルネサンスから19世紀後半までの西洋絵画の巨匠たちの作品。
ラファエロ、エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、ヴァトー、ブーシェ、コロー、スーラ、ルノワールなどよく聞く名前が並びますね。

そしてイングランド絵画とスコットランド絵画もたくさん来日。
ゲインズバラ、レノルズ、ブレイク、コンスタブル、ターナー、ミレイ、レイバーン、ラムジー、ウィルキー、ダイスなど。
こちらもかなり楽しみです。

▼展覧会の公式サイト   https://greats2022.jp/

(参考資料)

https://www.nationalgalleries.org/art-and-artists/5360
https://www.strawberryhillhouse.org.uk/
https://www.encyclopedia.com/women/encyclopedias-almanacs-transcripts-and-maps/walpole-maria-1736-1807
「HALL'S Dictionary of Subjects & Symbols in Art」Kenneth Clark
「アクセサリーの歴史辞典(上)」K.M.レスター

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