2023-06-11
アーティストの言葉と作品で対話鑑賞するシリーズ3回目。
今回はピカソです。
8枚の作品を鑑賞し、そこから感じたことを言語化しながら、言葉の真意を考えてみます。
鑑賞する作品は、2023年に開催された「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」より選び抜いた8枚。
展覧会については展覧会レポートも書いています。
▼良かったらこちらの記事をご覧くださいね。
「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」行ってきました。
ピカソの言葉「人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする・・」をテーマで対話鑑賞してみた!
「人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする これは我々の時代にはこびる病気だ」 パブロ・ピカソ
ついにピカソの言葉を取り上げることになりました!!
ピカソの言葉ってどれも本当にカッコ良すぎて痺れます・・・笑
ネット上に言葉が溢れているので、ぜひ一度「ピカソ 言葉」とか「ピカソ 名言」で検索してみてください。
私の感じてることきっとわかっていただけるはず。
そのピカソの言葉ですが、どこでどのように語られたのかがあまり詳しくわかりません。
語られた具体的な状況もとても大事な要素だと思っているので、今回の言葉についても調べてみました。
こちらのブログによると、「人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはこびる病気だ」は、Ingo F. Waltherの「Picasso」の67ページと記載がありました。
私このイノゴ・F・ヴォルター著の「パブロ・ピカソ 今世紀の天才」という本を持っているのですが、見つけられなかったんですよね。
別の本なのかもしれません。
これは、多くの人が世界をどう見ているのかについて、ピカソが考えていることをズバッと語った言葉です。
彼は伝統的な芸術のあり方を破壊して、新しい表現方法を追求してきた人。
そして活躍していのは産業革命、世界大戦などで急速に変化していった時代だった。
だからこそ、人が絶えず”意味”を探し求めることに、それっておかしくない?って突きつけたのだと思っています。
ここまで読んでくださって、「あなたたちのやっていることも矛盾してるよね?」と思ったのでは??
ピカソの言葉の”意味”を考えようとしてるのだから・・・
でも考えたかったんです!ピカソの心を探りたかったんです!なぜそこまで言い切れるのか、知りたいし、近づきたかったんです!
私たち3人がどんな対話鑑賞を繰り広げているのか、お付き合いくださいね。
対話鑑賞
対話鑑賞は3つのパートに分かれています。
パート1:「人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはこびる病気だ」の言葉を聞いてどう感じたのか語ってます。
パート2:上記の8枚の絵を見て対話鑑賞しています。
パート3:再び言葉に戻り、ピカソの真意を考えています。
パート1:「人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはこびる病気だ」の言葉を聞いてどう感じたのか?
まずすぐに出てきたのは、
”意味を求めてしまう癖がついている”
”意味がないと価値がないと思っている”
”何の役に立つの?と考えてしまう”
という、ピカソの言葉とおり私たちもその病気になっていることに気がつきました。
そして究極な質問”生きる意味”について考えていたら、
「意味がないと意味がないと思っている??」とぐるぐるしてきてわからなくなってきた笑
生きてることに意味を見出すなんて謎ですよね・・・
パート2:ピカソの8枚の絵を見て対話鑑賞
8枚選んだ、時代、作風が違う絵を対話鑑賞しました。
先ほどの言葉を頭の片隅に置きながら、感情、色彩、形状、テーマなど絵から感じたことを言葉にしていくのですが・・・
「作風変化が激しくて1人の人が描いたように思えない」
「言葉が出ない」
という感じで初めなかなか対話が進みませんでした。
パート3:再び言葉に戻り、ピカソの真意を考える
絵を見たあとはふたたびピカソの言葉に戻ります。
「対話鑑賞しているときどんな意味があるんだろう?って考えたら、思考が停止しました。意味はないとしたらこれは描いた人とその瞬間の感覚でしかないなと感じました」
「ピカソって感じたもの、感じたまま素直に表現してるのかなって思いました。美しいものは美しい。描きたいから描いたみたいな」
「ピカソは意味を考えて描いているわけではなく、でも結果私たちが意味を見出してるのかな」
「意味を考えるとわからなくなる」
「理解する=意味を知るではない」
「意味自体が、その人の意図したことだったり、その人の気持ちだったりするなら、意味を言葉で捉えきること自体難しいかもしれません」
対話鑑賞を終えての感想
今回の対話鑑賞は、いつも私たちが経験するものとはちょっと違いました。
それは一言で言うと、「言葉を見つけることの難しさ」を感じたことです。
話しながら何となく繋がった!と思ったり、こんなことを言いたい!ということは何度もあったのですが、なぜか上手く言葉にならずにもやもやした感じがつねにありました。
メンバーの1人も、「言葉にすることに抵抗があった。(これまで何回も対話鑑賞している)この3人なのに、こんなこと言っても良いのかな?とか、言葉にすると何かが違う・・・という感じがあった」と言ってました。
言葉は物事を理解したり、体験したことを共有したり、新しいアイデアを創造するために使う大切なツールです。
でも同時に、感じることや思考することの可能性を制限することもある。
言葉に縛られてしまいその形でしか表現できなくなるからです。
ピカソの言葉はこの制限することに対する批判なんだ・・・
意味を見つけようとすることが、新しい視点や理解から私たちを切り離してしまうこともあるよと言ってるかも。
言葉をつないでいく対話鑑賞をやってきた私たちにとって、今回はまた新たな気づきがありました。
そして、言葉で説明できなくても、絵を見て感じることは素晴らしい体験であることも思い出させてくれました。
美術・音楽・文学・演劇・舞踊など人間は色々な表現方法を生み出してきたのも、制約を取っ払っうためだったのか?
これは美術のブログだけど、色々な芸術にもっと触れていきたいし、自分も生み出していく側にもなりたいって思いました。
ピカソありがとう!
次回は、マティス展で、来日しているマティスの絵と言葉を対話鑑賞します。
どうぞお楽しみに!