ハンス・メムリンクの描く「キリストの受難」-希望と赦しの旅【365日絵のなかで旅をする】

キリストの受難のストーリーを一枚の絵画で見せている絵があります。
15世紀にフランドルで活躍した画家ハンス・メムリンクの描いた「キリスト受難」です。
ずいぶんと大きな絵なのでは?と思われますが、縦56.7x横92.2cmという想像するより小さいサイズ。
その中にびっしりと描かれているのは、キリストがエルサレムに入場するところから始まり、復活までの物語。

この絵を希望と赦しの旅としたのは、メムリンクの絵はある特定のエピソードに焦点を当てているのではなく、全体でキリストの復活の意味や重要性を気づかせてくれたからです。

描かれているのは23のエピソード

Memling, Hans The Passion. image courtesy of Turin, Galleria Sabauda

この絵にはなんと23のエピソードが描かれています。


1. キリストのエルサレム入城       
2. キリストと両替商           
3. ユダの裏切り            
4. 最後の晩餐         
5. ゲッセマネの園の苦悩        
6. キリストの逮捕 
7. ペテロの否定            
8. ポンテオ・ピラトの前に立つキリスト  
9. キリストの鞭打ち 
10. ピラトの2度目の尋問        
11. 茨の戴冠              
12. エッケホモ 
13. 十字架の制作           
14. 十字架を背負うキリスト
15. 十字架への釘打ち         
16. 磔刑               
17. 十字架からの降下
18. キリストの埋葬          
19. 地獄の責め苦
20. 復活              
21. ノリ・メ・タンゲレ         
22. エマオへの道         
23. 奇跡の漁り(すなどり)


さて、絵はどこから見ていくのでしょうか?

右には太陽が見えて光が当たっていて、左は暗い夜の世界が広がっています。
左の松明の明かりと細い路地から、少しづつ最も過酷な出来事へ進んでいくようになっています。

ではわかりやすいようにブロックに分けて説明していきます。

エルサレム入場から最後の晩餐

detail image Memling, Hans The Passion. image courtesy of Turin, Galleria Sabauda

ガリラヤで宣教活動をしていたキリストはエルサレムへ入ります。ロバに乗ってイスラエルの王として。

キリストのエルサレム入城は左上からスタートします。

そこから右の方へ目を向けるとダブルアーチの下で何やら騒動が起こっています。これがキリストと両替商
キリストは神殿に入っていき神殿内で売買しているものを追い出す。誰も神殿を通り抜けて器物を運ぶことも許されなかった。「「わたしの家はすべての民のための祈りの家と呼ばれるべきである」と書かれているではないか。ところがおまえたちはそれを強盗の巣にしてしまっている」と。商人だけでなく彼らの商売を組織監督し、利益を吸い上げて私腹を肥やしている貴族、祭司階級が民衆の信仰心を利用して財貨を奪う奇妙な体制を断罪した。群衆がキリストの教えに感嘆した。真意を突かれた上に、彼の言動は神殿の存在を根拠付けている律法をも否定するとして、司祭階級、律法学者たちも放置することができなくなった。

その下の建物の中で、ユダによる裏切りが起こっている。

左下で最後の晩餐へとつながっていきます。

ゲッセマネの園の苦悩からキリストの逮捕

ゲッセマネの園(オリーブ山)でキリストが天に向かって祈る中、見張りのペトロ、ヤコブ、ヨハネは眠ってします。ゲッセマネの園の苦悩

ユダの接吻を受けてついに捕らえられる。その横ではペテロが逮捕者の耳を切っている。キリストの逮捕

小さいスペースに描かれていますが緊迫した状況が伝わってきます。

ペテロの否認から十字架の作成

城壁の中の場面では多くのエピソードが集まっています。

まずは左のペテロの否定。弟子であるペテロはキリストが逮捕されたときに自分は関係ないと3度否認します。3度目の否認のときに鶏が鳴くのを聞きペテロはかつて師に言われた言葉を思い出し泣きます。「あなたは鶏が鳴く前に3度私を知らないと言う」と。ペテロの上には鶏も姿が見えます。

キリストは、玉座に座るピラトの前に連れてこられます。ポンテオ・ピラトの前に立つキリスト

身ぐるみ剥がされ、パネルの中央で鞭打ちされるキリスト。誰だかわかるように前の敷居には濃紺のローブがかけられています。キリストの鞭打ち。

ここで2つの場面を飛び越えて、さらに右側のピラトの2度目の尋問を受けます。

その後、キリストが衣を部分的に着て座り茨の冠を被せられます。茨の戴冠

ここで一つの重要な場面はエッケホモ(見よ、この人を)。キリストが前に連れ出され民衆によって死刑を宣告される。

鞭打ちの場面の前の庭では、2人の男が十字架をつくっている。十字架の制作

十字架を背負うキリスト

detail image Memling, Hans The Passion. image courtesy of Turin, Galleria Sabauda

場面は城内を出ます。
十字架を背負うキリストは重みで膝をつく。行列は町を去っていく。シモンが十字架を支えて助けている姿が見える。その背後には聖母マリア、ヨハネ、マグダラのマリアの姿も見える。行列の後ろには馬に乗ったピラトもついてきており、前方には手を後ろに縛られた2人の盗賊もいる。

十字架への釘打ちから十字架からの降下

detail image Memling, Hans The Passion. image courtesy of Turin, Galleria Sabauda

ゴルゴダの丘では3つの場面が描かれています。

十字架への釘打ち。地面に置かれた十字架に釘付けにされています。

磔刑。2人の罪人とともに十字架上で死んでいく。頭上の空が不気味に黒く染まっています。影なのか血なのか丘の上もドス黒い色になっている部分が。

右には十字架からの降下されるキリスト姿と崩れ落ちるマリアの姿や支えるヨハネの姿も見えます。

キリストの埋葬から奇跡の漁り

detail image Memling, Hans The Passion. image courtesy of Turin, Galleria Sabauda

白い布で包まれたキリストが埋葬されている。キリストの埋葬

次は右下の地獄の責め苦。キリストは〈埋葬〉と〈復活〉の間に〈リンボ〉に降り,福音をもたらす以前に生きた正しき人々を救い出して,天国に連れのぼります。リンボとは地獄と天国との中間にある霊魂の住む場所。キリストは赤いローブ姿に変わり、上部に十字架の付けられた杖を持っている。

復活のストーリがここから始まる。墓の前の衛兵は眠っている中、キリストが墓の入り口に立ち復活しました。

上に目を向けると復活したキリストに呼びかけるマグダラのマリアの姿が。ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)

ここからは遠くの遥か彼方に見えているエマオへ道でキリストは突然現れている。エマオへの道

奇跡の漁りでは、遠くのガリラヤ湖畔で師弟たちの前に姿を現す。船と海岸線に立つ人影が見える。
この奇跡の漁りは、使徒たちがガリラヤ湖で魚がとれず苦労しているところにイエスが現れて、網をもう一度投げるように指示すると大量の魚が取れる奇跡が起こったというものです。この奇跡は2回起こっていて、最初はイエスの伝道の初め頃のこと。この出来事でペテロ、ヤコブ、ヨハネがイエスの弟子となります。この時はイエスが一緒に船に座っています。
2回目はイエスの復活後で岸辺に立っている姿で表されます。

謙虚な姿でエルサレムに入り、イエスの教えがあり、排除されるところへ繋がっていく。悲劇で残酷な行為がありますが、イエスの成し遂げたことによってすべての人が救われ回復させられると気がつかされました。
ペテロは一度キリストを裏切り否認します。でもガリラヤの湖で復活したキリストの姿を見つけ海に飛び込み彼の元に向かいます。

イギリスで西洋美術史を学んでいるとき、苦労したのが宗教観がなかなか理解できなかったことです。頭ではなんとなく理解していても実はちっともわかっていない。もちろん今も大して変わっていないのかもしれませんが右上には太陽が姿を見せていて希望と癒しがあるのだと感じることができました。

detail image Memling, Hans The Passion. image courtesy of Turin, Galleria Sabauda

絵の下部の右と左端にはこの絵を依頼した2人の人物の祈祷姿の肖像画も描きこまれています。
次回はこの2人についてご紹介します。


▼絵をじっくりと見ていたい方は美術館のサイトもおすすめです。拡大して見ることができます。
本当に細部まで描きこまれた作品です。建築の描き込みも素晴らしいし、何より物語が見てすぐわかるように細かいところまで手を抜いていません。絵を読むことの素晴らしさを実感させてくれる絵です。


タイトル:キリストの受難(Scenes From Passion of Christ)
画家: ハンス・メムリンク(Hans Memling (1430ごろ-1494年))
制作年:1470年ごろ
所蔵館:サバウダ美術館、トリノ


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