ウェヌス・ウェルテイコルディア(魔性のヴィーナス)ダンテ・ガブリエル・ロセッティ

「ウェヌス・ウェルテイコルディア(魔性のヴィーナス)」
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ
1863年−68年
ラッセル=コーツ美術館(イギリス、ボーンマス)

 描かれているのは神話の女神

ウェヌスとは美の女神ローマ神話の女神で、ギリシア神話のアフロディテと同一であり、英語読みではヴィーナス。
頭上には蝶が乗っている光輪が描かれていて、華やかで神々しい女神像です。
彼女の周りにはスイカズラとバラの花が咲き乱れています。
右手で矢を持ち、左手ではヴィーナスのシンボルの金のリンゴを持っている。
背景では青い鳥が桑の実をつついている姿も描きこまれています。

この絵を描いたのは、19世紀中頃、イギリスで誕生したラファエル前派兄弟団の主要メンバーの一人であったダンテ・ガブリエル・ロセッティです。

ロセッティは1863年にこの作品の注文を受けて描いたのですが、当初進められていた作品は、今私たちが見ている作品とは大きく違うと言われています。
街で見かけた女性をモデルに色チョークで描いた、この作品と構図がとても似ている作品の習作が残っているからです。

1865年にラファエル前派のメンバーが慕っていた美術評論家のジョン・ラスキンは、この作品に嫌悪を感じると非難しました。
”coarse"という粗悪、雑といった意味のある言葉を使ったのです。
ロセッティとラスキンは激しい議論の末、決裂しその後は疎遠になりました。

ラスキンの非難は、ロセッティの退廃した生活への苦言も含まれているのではないかとも考えられています。
1862年に妻のエリザベス・シダルが突然悲劇的に亡くなり、ロセッティは2人で住んでいた家を離れロンドンのチューダーハウスに移りました。
そこは画家や作家が集まる場所となっていき、麻薬やアルコールにおぼれていくのです。

しかしやはり師でもあったラスキンの言葉が気になったのでしょうか、ロセッティは1867年に、アレクサ・ワィルディングをモデルにして描きなおしたのがこの作品です。
その後1873年ごろにも合わせて2回に渡って描き直しをしたと考えられています。

今日のアート用語

【金のリンゴ】

ギリシア神話のエピソードに金のリンゴは登場します。

ペレウスとテティスの婚礼の宴会に招かれず腹を立てた争いの女神エリスは、「いちばん美しい女神へ」と刻まれた黄金の林檎を投げ込みました。
誰が一番美しいのか?
だれがその林檎を受け取るのか?
アフロディーテ、ヘラ、アテナの三女神の間で激しい対立になりました。

困ったゼウスはトロイア王の息子のパリスに美の審判者として任せることに。
これが絵画でもよく描かれている”パリスの審判”です。

ヘラは全アジアの支配者にしようと言った。
アテナは戦いにおける叡智と勝利の栄光を保証すると言った。
アフロディーテはこの世でいちばん美しい女を与えようと約束した。

パリスはアフロディーテに林檎を与え、スパルタ王メネラーオス妃で絶世の美女としても名高いヘレネを妻にします。
ヘレネをトロイアに連れ去ったことが後のトロイア戦争の原因になりました。



-絵画の背後にある物語