フェルメールの魅力をロンドンで体感:4つの絵画とその見どころ【旅するアート鑑賞】

ロンドンには、フェルメールの絵が4枚あります。この4枚にはどんな共通点があると思いますか?

実は、すべての作品に楽器が登場しているのです。それは「ヴァージナル」と「ギター」。音楽とフェルメールの絵がどのように関わっているのか、気になりませんか?

この記事では、ロンドンでフェルメールの魅力を体感できる4つの絵画と、その鑑賞スポットをたっぷりご紹介します。

私は2023年9月にロンドンを訪れ、4枚の絵をすべて鑑賞することができました。ただし、これらの絵はいつでも見られるわけではありません。そこで、比較的アクセスしやすい順にご紹介していきます!

ナショナル・ギャラリーで2枚のヴァージナルを弾く女性を鑑賞

A Lady Standing at a Virginal, image Wikimedia ©︎ Public Domain
A Lady Seated at a Virginal, Image Wikimedia ©︎ Public Domain

フェルメールの2枚のヴァージナルを弾く女性たち

ロンドンに行く美術好きなら、きっとこちらの美術館には行かれますよね?

トラファルガー・スクエアに堂々と立つ国立の美術館は、休館日なし(クリスマス周辺と元旦は除いて)、入場は無料(満足したら寄付もしてね!)と美術を愛する私たちをいつでも大きな手を広げて待ってくれています。

ナショナルギャラリーにはフェルメール作品が2枚あります。

ヴァージナルの前に立つ女が恋に夢中の女性なら、座わっているのは男性を待ち受ける女性とも考えられます。

まずは、「左のヴァージナルの前に立つ女」。背景のキューピットの絵が単なる音楽の場面ではなくて恋人を待っている女性を表してます。しかも矢が彼女の頭に刺さってる。キューピットの矢に当てられた人は恋の苦しみから逃れらないのです。そして「恋人は一人だけを愛するべき」というモットーとキューピットの絵が関連しているのだとか。とすると彼女が椅子に座らずに立っているのは、恋人のために空けてあるということ?嬉しそうにも悲しそうにも見えない女性からは恋に夢中の女性にはあまり見えない。

右の「ヴァージナルの前に座る女」はもう少し複雑です。後ろにかけられている絵は、フェルメールよりも少し前に活躍していたディルク・ファン・バビューレンの「とりもち女」「取りもち女」というのは愛の売買がテーマです。
・金貨を渡す真ん中の男は客
・リュートを持つ若い女は娼婦
・被り物をした老婆は斡旋者

ということでこの部屋はそんな怪しげな場所だと言っているのかもしれません。もしくは若くて清らかな女性の愛と、享楽の愛を比較しているのか?

ナショナル・ギャラリーのサイトで絵を確認!

「ヴァージナルの前に立つ女」A Lady Standing at a Virginal
1670-1673年ごろ 51.8x45.2
この絵は1892年に購入されて美術館の所蔵作品。
https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/johannes-vermeer-a-young-woman-standing-at-a-virginal

「ヴァージナルの前に座る女」A Lady Seated at a Virginal
1670-1675年ごろ 51.5x45.5
この絵は1910年に遺贈でナショナル・ギャラリーの所蔵作品。
https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/johannes-vermeer-a-young-woman-seated-at-a-virginal

ナショナル・ギャラリーでの展示の様子

美術館の展示室ではこのように2枚並んで他のオランダの画家の作品と飾られていました。このように並んで展示されていることで、2枚を直接比較しながら鑑賞することができるのですが、これは貴重な機会かもしれません。作品は他の美術館に貸し出されることも考えられるからです。

2枚の絵は描かれている場面、ヴァージナルも登場し、キャンバスの大きさも似ているところから対になっているように考えられています。

しかし「もっと知りたいフェルメール」小林頼子著によると、結構違うところがあるようです。女性の服の可愛いちょうちん袖の描き方が、座る女の方が明らかに平坦で、晩年の作品だと言われています。確かにフェルメールの特徴の光の粒が少ないように見えます。

必ずしも「対の作品」とは言い切れないのが面白いところですね。

フェルメール作品を鑑賞するコツ

フェルメールの作品は、どれも小ぶりなサイズで細かなディテールが美しく描かれています。しかし、その分、近くでじっくり見ないと、細かな表現を楽しむのが難しいのも事実です。

さらに、ナショナル・ギャラリーでもフェルメールの作品は特に人気が高く、常に人だかりができています。そのため、ゆっくりと独り占めして鑑賞するのは至難の業……。

おすすめなのは、美術館に入ったらまずこの2枚の前に行くこと!ナショナル・ギャラリーは広く、見どころも多いため、後回しにすると混雑してしまい、落ち着いて鑑賞できないことになりがちです。私もこの日は朝から閉館までいたのですが、最後まであれまだ見てない!と歩き回ってました(ランチをゆっくりとっていたこともありますが・・・)

また、展示の照明や額縁のデザインによって、作品の印象が変わることもあります。写真や図版で見たことがある人も、実物を前にすると、新しい発見があるかもしれません。

美術館の展示方法や作品の貸し出し状況は変わることがあるので、訪問前に公式サイトで最新の情報をチェックしておくと安心です!

美術館は2024年5月10日の200年祭に向けて工事が行われていました!

ナショナル・ギャラリー、ロンドン

The National Gallery, London ナショナルギャラリーロンドン
Trafalgar Square, London
公式ホームページ:https://www.nationalgallery.org.uk/
最寄駅は地下鉄チャリングクロス駅

ケンウッド・ハウスで「ギターを弾く女」に出会う

The Guitar Player, Image Wikimedia ©︎ Public Domain

フェルメールの「ギターを弾く女」

ロンドン中心部から少し離れた場所にあるケンウッド・ハウス。ここは一般的な美術館とは異なり、歴史ある邸宅にアートコレクションが展示されている「邸宅美術館」です。広大な庭園に囲まれたこの館には、18世紀の英国貴族の暮らしを感じさせる美しいインテリアが広がっています。そんな優雅な空間の中で、フェルメールの「ギターを弾く女」と出会うことができます。

この作品に描かれているのは、フェルメールの作品でお馴染みの黄色いガウンを羽織った女性。

「ギターを弾く女」は、フェルメールの晩年に描かれた作品のひとつですが、その評価は必ずしも高いとは言えません。描き方が簡略化されていて、全体的に奥行きが感じられず平面的など。フェルメールの室内画では左の窓からの光が差し込むのが定番ですが、この絵では右からの光に、女性が顔を左に向けているため暗く影になっています。

でもこの作品には他のフェルメール作品とは異なる、大きな特徴があります。それは、「フェルメールが描いた状態をほぼそのまま保っている」という点です。

生物学者の福岡伸一先生の本「フェルメール光の王国」の中に、この絵を管理するナショナル・ヘリテージ財団の保存専門員から聞いた話が書かれています。それによると、絵画は昔からライン(lined)というキャンバスの裏側にもう一枚キャンバスを張り合わせるて補強する処理をするそうです。なぜなら、徐々に劣化していくキャンバスによって絵の具が剥がれやすくなるためです。

しかし、その処理では確実に接着させるために、アイロンのように熱をかけていたそうなのです。絵自体は補強されるが、熱は絵の具を溶かし凸凹をなくしオリジナルの作品の質感をフラットにしてしまうそうです・・・

とこれが多くの絵の常識なのですが、「ギターを弾く女」は裏打ちの布が貼られていないし、キャンバスを張る木枠が外された跡もないそうです。フェルメールの状態をずっと保っていると言われるのはこのような理由からです。

ケンウッドハウスのサイトで絵を確認!
「ギターを弾く女」The Guitar Player
1673-74 53x46.3
https://www.english-heritage.org.uk/visit/places/kenwood/history-stories-kenwood/collections/

ケンウッド・ハウス:美術館ではなく「邸宅」で楽しむアート体験

ケンウッド・ハウスは、美術館というよりも、かつての貴族の暮らしがそのまま残る邸宅です。そのため、作品もギャラリーの白い壁に並べられるのではなく、まるで家の中に飾られているように展示されています。もともと、絵画はこうした室内の壁に飾られ、生活空間の一部として楽しまれていたもの。美術館とは違い、「貴族の家に招かれた気分でアートを鑑賞できる」というのが、邸宅美術館の大きな魅力です。

今回私はロンドンの北ハイゲイトというエリアに泊まっていました。選んだ理由の一つはケンウッドハウスにも割と近いからです。9月14日、ゲストハウスを出てカフェで朝食をとり、高級住宅地ハムステッドを通り抜け1時間近くかけてケンウッドにつきました。

ケンウッドハウスは、邸宅美術館で、現在はナショナルヘリテージ財団が管理運営している施設です。所有者が幾度も変わり、何度か改築されたのち、現在のような建物になったのは、18世紀末のこと。

そして1925年、この場所を購入したのは、ギネスビール設立者の曾孫のエドワード・セシル・ギネス。ギネスは、アイルランドのダブリンで誕生した、黒スタウトと呼ばれるビールを生産しています。

邸宅に自分のアートコレクションを展示することになったのですが、そのわずか3年で死亡しています。彼の死後、邸宅と74エーカー(30ヘクタール)に及ぶ敷地とコレクションが1927年に国に寄贈されました。

コレクションは、18世紀のイギリスの肖像画が多く、その次オランダ・フランドルの絵画。フェルメールの絵の他に、レンブラントの自画像、ヴァン・ダイク、ターナーなど名画が揃っています。行ったときはレノルズのミニ展覧会をしていました。

なんとこの邸宅美術館の入場は無料です。驚いてスタッフの方に聞き返したら、ギネス氏の希望だったのだとか。ということでこの美しいインテリアのもとで絵をじっくりと堪能し、寄付をBoxに入れました。

スタッフの方も積極的に声をかけてくださって絵の説明などもしてくれました。私は美術館も好きですが、邸宅で見るのが一番好き。絵はもともと家に飾られていたものだからです。

ケンウッドハウスで絵を楽しんだ後は、広い庭園の散策もおすすめ。リスが木を駆け登っていく様子を見たり、ヘンリームーアの彫刻を見つめながらベンチに座ってぼーとすることもできます。

ケンウッドハウスの入り口。ワクワクの瞬間です!
ガーデンを散策中建物が美しく見えるスポットへ。あーこれがいつも見ていた景色だ!と感激。

ケンウッド・ハウス基本情報

Kenwood House ケンウッド・ハウス 
Hampstead Lane, Hampstead, Greater London, NW3 7JR
公式サイト:https://www.english-heritage.org.uk/visit/places/kenwood/
地下鉄 ゴルダーズ・グリーン駅(Golders Green)もしくは アーチウェイ(Archway)からバス bus 210
私はハイゲイト(Highgate)方面から住宅地を通り抜けるように歩きました。


バッキンガム・パレスで「音楽の稽古」を鑑賞

Lady at the Virginals with a Gentleman, Image Wikimedia ©︎ Public Domain

「音楽の稽古」の見どころ

ロンドンでフェルメール作品を巡る旅の最後に訪れるのが、バッキンガム・パレス。ここには、1762年に英国王ジョージ3世(1738-1820)が購入したフェルメールの作品 「音楽の稽古(Lady at the Virginals with a Gentleman)」 が所蔵されています。

ただし、この作品は当初フェルメールのものとは認識されておらず、購入当時はF・ヴァン・ミーリスの作品と誤認されていました。1866年になってようやくフェルメール作と特定されたという、王室コレクションの中でも興味深い経緯を持つ一枚です。この絵の制作年代は正確には分かっていませんが、1662〜64年頃の作品と考えられています。

この作品で特に印象的なのは、鏡に映る女性の姿です。

女性は背を向けてヴァージナルを弾いていますが、鏡には彼女の顔が映っています。こちらから見る限りでは、女性が男性を意識しているような様子は感じられませんが、鏡の中にははっきりと彼女の視線が男性に向けられていることがわかりちょっとドキドキさせます。

さらに、鏡には画家自身が描いていることを示すように、イーゼルの足がぼんやりと映り込んでいます。この構成は、ヤン・ファン・エイクの「アルノルフィーニの肖像」 のよう。見る人に物語を考えさせるフェルメールの独特な演出が、この作品にも込められています。

ヴァージナルの蓋には、「MUSICA LETITIAE CO[ME]S / MEDICINA DOLOR[IS]」 というラテン語の銘が書かれています。意味は 「音楽は喜びの伴侶であり、悲しみの薬」。この男女の関係を象徴しているのか?それとも音楽が持つ力を表現しているのか?──見る人の想像力を掻き立てる一枚ですね。

王室コレクションのサイトで確認!
「音楽の稽古」Lady at the Virginals with a Gentleman
1660年代はじめごろ 74.1x64.6
https://www.rct.uk/collection/themes/exhibitions/masterpieces-from-buckingham-palace/the-queens-gallery-buckingham/lady-at-the-virginals-with-a-gentleman

「フェルメール作品を鑑賞するには? 王室コレクションの公開事情

Lady at the Virginals with a Gentleman, Image Wikimedia ©︎ Public Domain

バッキンガム・パレス内でこの作品を見るには、少しハードルが高くなります。なぜなら、展示されているのはバッキンガム・パレスの「ピクチャー・ギャラリー」という王室の公式の間であり、普段は一般公開されていないからです。一般公開は、主に 夏の長期公開期間(State Rooms Open)と、それ以外の特別ツアーの際のみ。フェルメールを確実に見たいなら、公開時期をしっかりチェックする必要があります。

2025年のスケジュールもすでに公開されていて、チケット購入も始まっています。(すでに売り切れの回もあり・・・2025/2/24現在)
2025年7月12日〜9月28日
9月は火曜日と水曜日は除く
9時45分回〜14時45分回まで1日11回

▼チケット情報はこちら
https://www.rct.uk/event/the-state-rooms-and-garden-highlights-tour-07-2025#/

▼他にも色々とガイドツアーはあります。特に2024年初めて一般公開された東翼のツアーは魅力的です。ロイヤルファミリーが立たれるバルコニーの裏にあるエリアが見られるなんて!
https://www.rct.uk/visit/buckingham-palace

今回私は、2023年9月11日のツアーに参加して見学してきました。チケット購入は8月。

世界各国から訪れた観光客と共に回るツアーは面白かったです。各回かなりの人数の人々が同時に入場します。各自自分の言語のオーディオガイドを持って回るセルフツアーです。もちろん日本語もちゃんとあり!

ロンドンは9月になっても暑く、この日も例外ではありません。ツアースタートのガイドさんが水を持って入ることを許可していたくらいです。

ピクチャー・ギャラリーは長い廊下のような部屋で、左右の壁に有名な画家の作品がずらりと並んでいます。その中に、フェルメールの「音楽の稽古」も飾られているので、見逃さないように落ち着いてゆっくりと鑑賞してください。

宮殿内の見学を終えて庭園側に出てきたところ。こちらはよく見るバルコニーのある正面とはちょうど反対側。
後ろにはさまざまな行事が行われるグランドがあり、さらに奥には広大な宮殿庭園が広がっています。私は庭園ツアーにも参加しました!ロンドンの中心地とは思えない豊かさでした。女王や国王も散策される庭園を歩いているなんて・・・

バッキンガムパレス

Royal Collection Trust, バッキンガム、宮殿王室コレクション
公式サイト:https://www.rct.uk/
バッキンガム・パレスは四方に最寄駅があるので便利。私はグリーンパーク駅(Green Park)でおり公園の中を歩きました。
美しい芝生には人がたくさんピクニックしたりのんびりしたりして気分が良かったですよ。

あとがき

ロンドンでフェルメールの4作品を巡る【旅するアート鑑賞】をお届けしました!

今回、私は計画を立てて4枚すべてを鑑賞することができましたが、これは決して当たり前のことではありません。作品が貸し出されて他の国の美術館で展示されていることもあれば、自分のスケジュールが合わず、訪れるタイミングを逃してしまうこともあります。

アートとの出会いはまさに一期一会。何度も見られる作品ばかりではないからこそ、目の前で鑑賞できる一瞬を大切にしたいと思っています。

本やネットで調べれば作品の情報は得られますが、額縁の質感、展示室の光の加減、美術館の空気、そして一緒に鑑賞している人々の存在──それらは実際にその場所に足を運ばなければ感じられないものです。そうしたすべての要素が、アートを鑑賞する時間をより特別なものにしてくれるのだと、改めて実感しました。

ロンドンでフェルメールを巡る旅は、アートとのかけがえのない時間を味わう体験でした。次に訪れるときは、また違った発見があるのかもしれない。


ちなみに、フェルメールの絵はイギリスにはあともう1枚エジンバラに「マルタとマリアの家のキリスト」という宗教をテーマにした絵があります。

National Gallery of Scotland, Edinburgh  スコットランド・ナショナル・ギャラリー、エディンバラ
「マルタとマリアの家のキリスト」
https://www.nationalgalleries.org/art-and-artists/5539

そしてイギリスのお隣のアイルランド、ダブリンにも「手紙を書く夫人と召使い」という美しい絵があります。
近い場所にあるものの私もアイルランドにはまだ一度も行ったことがありません。

この作品もぜひ所蔵美術館で見てみたい!

National Gallery of Ireland, Dublin  アイルランド・ナショナル・ギャラリー、ダブリン
「手紙を書く婦人と召使い」 
https://www.nationalgallery.ie/art-and-artists/highlights-collection/woman-writing-letter-her-maid-johannes-vermeer-1632-1675

▼記事の中でも書いたおすすめのフェルメールの本をこちらでご紹介しています。

▼2023年にアムステルダム国立美術館で開催された「フェルメール展」の舞台裏を描いたドキュメンタリー映画が2024年公開。

▼フェルメールの世界観を映画にした「チューリップ・フィーバー」。原作本もおすすめです。



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