西洋美術史学び方

「西洋美術の歴史を旅しよう!西洋美術史入門講座」 9日目 20世紀の美術

9日目は、20世紀に生まれた8つの芸術様式をご紹介します。

  • ドイツ表現主義
  • フォーヴィスム
  • キュビスム
  • エコール・ド・パリ
  • 未来派
  • 抽象主義
  • ダダイスム
  • シュルレアリスム



20世紀になると美術界はさらに様式の多様化が進みます。

それは、芸術家が各地で同時代にさまざまな個性を競い合い、自分の世界観を強く主張していったからです。

それぞれの様式は、芸術家の気まぐれや偶然的に生まれたものではなく、過去の芸術やそこから生まれた問題点を乗り越えようとおこってきたものです。

それではまず時代背景からみていきましょう。

(近代に近づくと作品の著作権のためここに貼り付けができません。
Google Art や美術館サイトなどのリンクを貼っています)

20世紀の美術の時代背景


19世紀末から第一次世界大戦(1914年)まで、パリはベルエポック(良き時代という意味)と呼ばれる繁栄した華やかな時代を送ります。パリには「芸術の都」として世界中から芸術家志望の人々が集まりました。

スペインのピカソ、イタリアのモディリアーニ、など若く貧しい画家が集まったのがモンマルトルの安下宿。
フランスのマティスやユトリロ、詩人のアポリネールらも加わり、様々な芸術運動が生まれました。

繁栄の影で戦争の予兆が忍びより不安が社会を襲った時代でした。
1914年に始まった第一次世界大戦は画家も徴兵され、「青騎士」のマルクとマッケは戦死しました。
世紀初頭に花開いた芸術運動も全て中断され、人々の美意識が大きく変わりました。

ストラヴィンスキーの曲でニジンスキーが踊るロシアバレエ団の人気によって、対戦前から起きていたロシアブーム。
20世紀初頭に世界中の多くの若者が社会主義に傾倒した理由は、民族性や伝統にとらわれないグローバルな思想だと見えたためです。
これは芸術にも共通する考え方でした。

第一次大戦が終わった20年代から、大恐慌や第二次世界大戦への恐れから閉塞感が漂う30年代。社会主義ブームがさらに加速していきます。

アーティストは技法や形の実験をして、芸術や人間の本質を探求しきます。

ドイツ表現主義:19世紀末ー20世紀初頭 ドイツ


ドイツ表現主義とは1つの特定の芸術運動というものではなく、正確には「ブリュッケ」「青騎士」などの独立したグループ活動をまとめて総称したものです。しかし共通したものがあるものの定義付けにはなかなか難しいほど歴史的な広がりや様式がさまざまあります。

「ブリュッケ」は1905年、ドレスデンのザクセン工科大学建築家の学生によって結成された前衛絵画グループ。
機械や都市文明に毒されず、人間性を回復することを目指しました。
ブリュッケとは「橋」という意味で、未来の芸術への橋渡しの意味が込められています。

その6年後の1911年に結成された「青騎士」というグループは、当時の美術アカデミーにあった保守的なムードを変えようという運動でもありました。
隠された物事を大切にするべきだという発想。
芸術は精神に基づくものだと考えたのです。

▼「コンポジション7」ヴァシリィ・カンディンスキー 1913年

「青騎士」の中心人物で、この後でも出てくる抽象芸術の創始者の1人。
1910年から39年に描かれた大規模なコンポジションシリーズの一つ。
即興的に描いたように見えるが、実際は考えられて準備には2ヶ月に渡ってスケッチ、水彩など下書きが残されている。
中央部から外側に向けて放射線状に描いたことが、記録で残っている写真からわかるそうだ。
聖書の大洪水や復活、審判の日などが主題となっている作品。

そのほかの主な画家
エミール・ノルデ、
エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー、
フランツ・マルク など

フォーヴィスム:1905年ー1910年ごろ フランス


フォーヴィスムの直訳は野獣主義。
野獣って・・・と思われるでしょうが、1905年に開催されたサロン・ドートンヌ(秋季展という意味で、現在も開催されている展覧会)でマティスたちの絵をみた評論家は「野獣の檻にいるようだ」と批判しました。
そこから野獣主義と呼ばれることになります。
もちろん野獣と言うのは画家のことを言っているのではなく、作品に対しての表現です。

このように美術の様式名は、バカにしたり批判したりと、悪い意味で言われた表現がそのまま今も使われていることが多いことに気づきませんか?

彼らの追求したことは、色彩と形態によって自分の内部の感情を表現しようとしたところ。
また目に見えるものではなく、自分だけの現実を表すことができるかに関心を持っていたところです。

前に登場したドイツ表現主義と同じような影響を受けていますが、その中でも自分の情念を表現したゴッホが彼らに与えた衝撃は大きかったようです。


では野獣と言われたの作品はどんな特徴を持っていたのでしょうか?

・強烈な色彩と荒々しいタッチ
・画家の主観的な感覚を表現する
・平面的な表現が多い

▼「緑の筋のあるマティス夫人の肖像」アンリ・マティス 1905年

現実味のない色、奥行き感のない平面的な画面、筆の跡も大きく大胆に見えます。マティスにとって色彩は現実の色の必要性はなく、感情や感覚を表現した色を、隣り合う場所の組み合わせも考えて色を置いていきました。
ルネサンスから続いてきた伝統、見たものをリアルに表現するための色の使い方を覆した代表的な作品です。

主な画家
ジョルジョ・ルオー、
ラウル・デュフィ、
アンドレ・ドラン、
モーリス・ヴラマンクなど

キュビスム:1907年ー1917年 フランス

フォーヴィスムが色彩のために陰影表現を犠牲にして描いたのに対して、キュビスムは色彩の楽しさを犠牲にして形をどう表現するかに力を注ぎました。
キュビスムは直訳すると立体主義。
1908年の展覧会でマティスがブラックの作品を「キューブ(立方体)だらけ」と言ったことがきっかけです。

2次元の平面であるキャンバスに、遠近法や明暗法を使うことなく3次元の世界をどのように表現するのか?
例えば私たちの鼻は正面から見ると飛び出しています。
印象派以前の画家たちは、肉付けや明暗をつけて鼻の飛び出し具合を表現してきました。
でもそれは実際の画面が飛び出しているのではなく、そう見えるように描いたいわばトリックのようなもの。
印象派は以降は絵画の2次元化が進みそのトリックが否定されてしまったのです。

ではあらためてその飛び出しをどのように描くのか?その課題に新たに挑んだのがキュビスムの画家たちなのです。
彼らはこんな方法で解決しました。

・描くものを幾何学的な形に分解
・複数の視点からみる
・組み合わせるように立体的に再構成する

▼「泣く女」パブロ・ピカソ 1937年

この絵は、ピカソの反戦壁画「ゲルニカ」の死んだ子供を抱いている女性のイメージが基になっています。2つの作品を描いたのは、スペイン内戦(1936年〜39年)の最中でした。1937年4月、ナチス・ドイツの空軍によってバスク地方の町ゲルニカが爆撃され何百人の人が犠牲になりました。
画家で写真家でもあるドラ・マールがモデルとなっています。


主な画家
ジョルジュ・ブラック、
フェルナン・レジェ など


エコール・ド・パリ:1904年ー1924年ごろ フランス、パリ

芸術の都パリには、世界中から芸術家を目指す若物たちが集まっていました。
彼らはモンマルトルやモンパルナスの安い下宿兼アトリエで、貧しいながら自由に暮らし、意見をかわし、制作活動に没頭する、そのような生活を送っていました。
なぜパリだったのでしょうか?
パリには審査や賞とは関係なく誰でも自由に作品を展示できる展覧会があったところや、フォービズム、キュビズムといった大胆な芸術様式が生まれていった場所でした。
パリは芸術家を目指す若者には魅力的な場所だったはずです。

そんな彼らはエコール・ド・パリ(パリ派)と呼ばれ、美術学校やサロンの伝統的な制度を無視して、特定の主義を掲げることなく、自分の気質にあった表現で作品を生み出していきました。


▼『ジャンヌ・エビュテルネの肖像」アメデオ・モディリアーニ 1919

モディリアーニ33歳のとき19歳の若きジャンヌと出会いました。この絵はジャンヌが2番目の子を身ごもっている姿を描いたもの。モディリアーニの作品はほぼ女性の姿。細長い顔とじっと何かを見つめる瞳が印象的です。この時代多くの芸術家たちは異国の原始的芸術に興味を持っていました。モディリアーニの作品は古代エジプト彫刻などにも大きく影響を受けています。

そのほかの主な画家
モーリス・ユトリロ、
マルク・シャガール、
マリー・ローランサン、
藤田嗣治 など


未来派:1910年ー1920年代 イタリア

1909年に詩人のマリネッティが、過去の美学と断絶して、エネルギーや速度といった機械時代の新しい美を説いた「未来派宣言」を出しました。この宣言はキュビズムと同時に、第一次世界大戦前後のヨーロッパの芸術に大きな反響をおこしました。

その翌年には5人の画家によって「未来派絵画宣言」が発表されました。

彼らの美学は人間の感覚世界が機械によって変えられてしまったということが前提になっていました。

印象派のモネが描いた鉄道。モネは駅や鉄道を描きましたが、それは睡蓮や自然風景を描くのと同じような視点で見ていたのです。

でも未来派たちは機械と自然を同じ視点で見ることができないと感じていました。機械によって世界が変えられ、彼らの未来派絵画には目の前の風景や静物は入る余地がなかったのです。

具体的にはどんな絵画だったのでしょうか?
・スピード感
・爆発性・
・高速撮影した連続写真のように運動するものを一枚の絵に表現
・感情の熱さ

▼「都市の成長」ウンベルト・ボッチョーニ 1910年

手前には馬と人の姿が重なるように、力強いエネルギーを生み出している場面が描かれている。その後ろには建設中の建物と、煙突から立ち上るたくさんの煙が見える。この作品の原題は「仕事」でした。
仕事で発展していく近代都市の姿をボッチョー二がとらえるとこのような作品となりました。

その他の主な画家
ジャコモ・バッラ、
ロベール・ドローネー、
カルロ・カッラ


抽象主義:1910年ー現在 ほぼ全世界

ドイツ表現主義、フォーヴィスムの色からの解放。
キュビスムの形からの解放。
これらは絵画とはこうあるべきからどんどんと自由になっていきました。

絵画は目の前の自然を描きとるものではなく、絵画であるという発想。
そして表面に表される奥にある「本質」を捉えるための画家たちの格闘。

ついに現実世界を絵画に再現することからも解放された主題のない芸術。
それが「抽象絵画」というジャンルの始まりです。
それはとても革命的なものでした。

これまでの絵画のように、見て何かわかる人物や物を排除して、生き物のような物、幾何学的な物など、漂う形状や色の塊、縦横の線などが画面の全体を埋め尽くしています。


▼「赤・黒・青・黄のコンポジション」ピエト・モンドリアン 1928年

モンドリアンは、写実的な絵画、印象派やゴッホの影響、そしてキュビズムの影響を受けたのち、1920年代にこの絵のような独自のスタイルにたどり着いた。
ムラのない色と縦横の線の組み合わせ。使う色は黒、白、灰色と、三原色の赤、青、黄に限定し、線、色、塊の可能性を追求した。
そこからさまざま変更を加えつつ、亡くなるまでこのスタイルを続けた。

Piet Mondrian: Composition with red, black, blue, and yellow, Public Domain, via Wikimedia Commons

そのほかの主な画家
ヴァシリィ・カンディンスキー、
カジミール・マレーヴィッチ など


ダダイスム:1916年−1925年ごろ スイス、ドイツ、フランス、アメリカ、日本

第一次大戦で多くの画家や彫刻家が命を落とす中、中立国のスイス・チューリッヒに集まった芸術家。
その中の詩人トリスタン・ツァラが「ダダイスム宣言」を出す。
それは、戦争となった社会や文化に強く抗議するものだった。
戦争による不安から、この運動にベルリン、パリ、ニューヨーク、そして日本の前衛芸術家が加わって大きなムーブメントが起こった。
世界のあちこちで同時多発的に起こった芸術運動。

これまでの芸術を否定し、観客を興奮に巻き込み、激怒へ導く。
無意味な詩、歌を作曲、見るものにショックを与える図面やオブジェを制作しました。


▼「」マルセル・デュシャン 1917年

1917年、手数料さえ支払えば誰でも出品できる独立芸術家協会の展覧会にデュシャンは男性用小便器を逆さにし、タイトルを「泉」として偽名で作品を提出。出品を却下された。アートとはそもそも何であるのか?既成品とアートは何が違うのか?アートに美しさは必要なのか?など世の中に問いかけをした作品。
オリジナルは紛失し、現在世界の美術館にある作品はレプリカ作品。

そのほかの主な画家
フランシス・ピカビア、
マン・レイ、
ハンス・アルプ など


シュルレアリスム:1920年代ー1930年代 西洋全域、日本

さまざまな既成の価値観をはげしく否定したダダは芸術活動をいったん白紙にしました。
そこから生まれてきたものがシュルレアリスムでした。
初期のシュルレアリストたちはダダの運動にも参加していて、その精神を受け継いでいました。

後にシュルレアリストたちが使う、偶然性の出会い、日常を思いがけない視点から捉えるなどの手法は、ダダでもすでに試みられていたことでした。

そして、夢でみる景色のように、現実にはありえない世界。でも現実以上にリアルな世界。そんな世界を描くことで潜在意識をあぶり出そうと発展していきました。フロイトの精神分析に影響を受けた詩人ブルトンが1924年に「シュルレアリスム宣言」を発表し大きな芸術運動になっていったのです。

▼「人間の条件」ルネ・マグリット 1965年

マグリットが好んだテーマ「窓の絵」と「絵の中の絵」を最初に扱った作品の1つ。最初は、イーゼルに置かれている絵は、窓の外の風景のうち、イーゼルが隠している部分を描いているのだと自動的に考えてしまう。
それは窓の外が現実でイーゼルの絵は現実を描いたものという前提。でもそれは本当なのか?どちらも絵画の一部ではないのか?
見ているものがどちらか1つを現実に、どちらかを造られたものとして見てしまうことをあぶりだそうとしているではないでしょうか?


主な画家
サルバドール・ダリ、
マックス・エルンスト、
ホアン・ミロ、
ジョルジオ・デ・キリコ など

まとめ


これで「西洋美術の歴史を旅しよう!西洋美術史入門講座」は終了です。

ここで知ったことが、あなたのこれからの美術館や旅先で少しでも役に立てるといいなと思っています。


アートは実物を目の前にするのが一番の感動であり、学びです。

ぜひもっともっと作品に直接出会って楽しんでくださいね。

そして、自分が興味を持ったところから学びを広げていくことがより人生を豊かにする知識や経験になります。

情報をそのまま受け取るのでなく、知ったことを自分で確認したり、自分の言葉でアウトプットすることもぜひ試してみてください。


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